終わること(発達、成長) -子供の発話プロジェクト-
2026-01-27
終わること
野崎まどの作品が好きで、全部ではないけど大半読んでいる
それはありえないだろうという設定がむしろ納得感をもつ仕組みになっているのが最高だ
『バビロン』では「善=続くこと、悪=終わること」と定義される
衒学的だけど、納得感がある
僕もずっと終わることに対して恐怖感というか、受け入れられなさがある
子供の頃から連続ドラマの最終話だけ見れなかったし
子供と過ごすこと
子供と生活を一緒にしていると、日々すごいスピードで彼/彼女らは成長していく
できなかったことができるようになるし、コミュニケーションはどんどん高度になる
でも成長は終わることとセットだということに気づいた瞬間があった
「最近プリキュア、集中して見れなくなったから見るのをやめる」だった
最近録画がたまりがちだとは思ってたけど、少し前まで一緒に映画を見に行ったし、おもちゃ屋でグッズも買ったし、一緒に見ていたシーズンもあったし...
あぁ、どこかで終わりはくるんだ、と理解したのがこの瞬間だった
言い間違えリスト
言い間違えリストをTodoistでつけている
ごめん電車 -> 路面電車
ピーマンカレー -> キーマカレー
一度言い間違えた、というよりも本人の中ではそれが定着していて、いつもそう言っている、というようなものだ
発音の不明瞭さからきていそうなものもあるし、意味を混同しているものなど理由は様々のようだが、どれも面白い
あー、これもいつかなくなっていくのかと思ってリストにしはじめて20項目ほどたまった
発達と順序
子供の検診で滑舌についての項目で検査を受けることになり、耳鼻科でテストを受けることになった
子供と先生が1対1で結構長い時間をかけて話しながらチェックしていたようだ
その中でもさ行の発音に課題があり、「さ行は最後ですからねー」と説明を受けた
当たり前ではあるが子供の発音の獲得にも定型の発達モデルがあって、それを子供達は成長とともに獲得していっているのだ
言い間違えリストを通じて子供の言葉をパーソナルなものとして感じていた自分には、ギャップというか驚きがあった
発音の獲得は子供にとっては、成長の途中、しかも標準的なルートも存在するもの
ただしそれは僕にとっては失われていく大事なもののように感じた
子供の発話プロジェクト
そこから子供の発話について気になっって調べるようになった
同時にその過程を再現してみたい、と思うようになった
今は発話と音声関連の技術のリサーチを始めたところだ
そのメモをここに書き残しながら進めようと思う